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particle test(トトロに出てくるあいつら)

またまたパーティクル実験。中央上から降ってくる玉の寿命が尽きるときに、小さな玉に分裂して飛び散るようになっています。

Particle Test 20091122_01 from rgbt on Vimeo.

今回ははじめてエクスプレッションを使ってみました。

speed=speed*0.98

くらいだったかな。玉の飛行速度が時間とともに少しずつゆっくりになります。

エクスプレッションはいままで完全にスルーしてきたけど、これくらいの式ならいくつか覚えておくと便利そうです。

秋と音楽

たまには朝にブログを書いてみようじゃないか!

01.CD2枚購入

秋にぴったりの素晴らしい盤を2枚ゲット。

ひとつめは以前にも記事で紹介したMockyの「SaskaModie 」。

やばいっす。このアルバムは絶対に買って損はない。

なにか考え事をしていたのに、音が流れ出したらいつの間にか頭の中が「…」でしっとりと侵食されていって、気がついたら10時間寝てました。みたいなアルバム。ひとつひとつの音が脳の血行を促進。老廃物を除去。明日がんばりたくない、いや二度とがんばりたくないアナタへ。彼岸はすぐそこ、つきあたりを右へ。

クレジットを見てみると驚いたことに。

vocals drums bass piano guitar bells recorder percussion rhodes bells organ : Mocky

ってどんだけ弾くんだよアンタ!!

でも全然うるさくないんですよ。箱庭的な窮屈さもないし。自分の中でいちばん印象的なのは、ここまでリバーブが気持ちいいアルバムは今まで聴いたことがない!ということ。ジャズ?歌もの?架空のサウンドトラック?そういったジャンルやスタイルに関する無意味な詮索が全部、ふくよかな残響に絡めとられて夜のうちに海に流されていくような素敵な一枚です。

ふたつめはトクマルシューゴ「Rum Hee」。

上のMockyと同じくこの人もかなりのマルチプレイヤー、というか無類の音楽好きなんでしょう。初期の中村一義やキセルが好きな人にはぜひともお勧めしたい一枚。4年くらい前から雑誌などでチラホラ名前を見つけるようになり、最近では時々昼間のラジオでも流れるようになりました。出世しましたね‥

全体的な音作りはアコースティックでこじんまりとしてて可愛いのに、モラトリアムな感じはしない。きっとこの人はそういう「少年性」にとり憑かれて音を鳴らしてるんじゃないんでしょうな。確信犯です。そしてこういう人がいちばんモテるのです。

DVD付で2000円を切るというお手ごろ価格なのもうれしい。

02.THE YELLOW MONKEY トリビュート盤発売

おおお!これは面白そう!

民生の「LOVE LOVE SHOW」(間違いないでしょう)

椿屋四重奏の「BURN」(間違いないでしょう)

KREVAの「楽園」(超期待)

THE BACK HORNの「球根」(ハマりすぎw)

秦基博の「SPARK」(個人的にもっとも楽しみ)

トリビュート盤の面白さは、「この人がこれやるとどうなるんだ!?」っていう好奇心を刺激してくれるところです。そのぶん事前期待が高まりすぎることもありますが(笑)

2009 夏 長崎

2009_summer_Omura_01

2009_summer_Omura_02

夏休みを利用して故郷の長崎に帰ってきました。
仕事終わりに飲み屋を2件はしご>午前3時からハルヒ二期「エンドレスエイト」7週目を見る>少し寝て新幹線に乗る
>花火大会&バーベキュー>友人とスタジオにこもる>夏祭り>祖父母に会う>渓流散歩
おまけに東京に戻ってすぐに恵比寿リキッドルームの5周年イベントに向かったので、体はボロボロです。

いやー楽しかった!

ちなみに今回の記事では写真を直接Flickrから貼り付けています。こちらのサイトでプラグインを入手しました。

http://factage.com/yu-ji/2008/03/31/wordpress-media-flickr-1_0_0/

CG部:GI(グローバル イルミネーション)とは

レンダラー周りを中心に進めてきた部活動。一歩進んだレンダリングに踏み込もうとするといつも出てくる言葉がこのGI(グローバルイルミネーション)。以前に書いたファイナルギャザーと同様に間接光を再現するシステム、らしいです。

ファイナルギャザーと違うのは光の粒子(フォトン)がオブジェクトからではなくライトから発生するところ。

ライト(=光源)から発生したフォトンがオブジェクトに当たって空間内を埋めていくことで、間接光になる。というふうにざっくりイメージしとけばいいんだろうか。そういう意味では現実世界の光にもっとも近いのかもしれない。

これまでに出てきたレンダリング関係の言葉をずらっと並べてみると、、

mental ray(レンダラー)

ファイナル ギャザー(間接光システム、mental rayで使用)

グローバル イルミネーション(間接光システム、スキャンラインレンダリングで使用の場合は設定を『ラジオシティ』に。mental rayで使用の場合は設定を『レイトレース』に。今回の記事内容)

アンビエント オクルージョン(検証中‥)

いやーすんげえ横文字。

「ラクリマ クリスティ」とか「ファナティック クライシス」が肩を並べそうなキラキラした語感。「シャムシェイド」なんてシェーダーのプラグインで本当にありそうだし。

さてさて、さっそくGIの各パラメータを確認。

prm_01

有効」にチェックを入れるのを忘れずに。これがないとGIは働いてくれません。

サンプル」という言葉が頻出してますが、これはフォトンの有無をチェックするスキャナーのようなもの(だと思う…毎回推論が多くてすみません)。空間のあちこちでフォトンを採取(=サンプリング)しているわけです。

サンプル毎のフォトン最大数:ひとつのサンプルがどれだけ量のフォトンを採取できるか、のパラメータ。

サンプルの最大半径:文字通り、ひとつのサンプルの大きさ。大きいほど範囲が広くなるので、サンプル範囲が重なった部分のデータは平均化され、イメージは滑らかになります。その反面放出されるフォトンの絶対数が少ないと拾えるデータも少なくなるので、イメージのディティールは削がれて正確さは少なくなります。

ライト プロパティ>ライト毎の平均GIフォトン:これがフォトンの絶対数。この値が大きければ大きいほど、収集できるデータは多くなります。結果の正確さにもっとも影響を与えるパラメータ。

&「レンダリング」>「環境」で、露出制御を「対数型露出コントロール」にしています。

prm=env_01

ちなみに今回は「標準プリミティブ>ボックス」で作った立方体を「合成オブジェクト>スキャッタ」で散らして、光の届きにくい込み入った空間を作っています。ライトはデイライトシステムを使用。

view_01

この状態で試しにレンダリングしてみました。GIを有効にする前の結果はこんな感じ。

output_00_noGI

バッキバキです。GIを有効にしてみると…

output_01

このような具合に。イメージに円形のむらがムラムラと現れていますが、これがサンプル範囲の円形です。各設定値ともに低すぎた模様。なのでぐいっと上げてみました。

prm_02

フォトン数を4倍にして、結果を滑らかにしようというモクロミでサンプルの最大半径も大きく。サンプル毎のフォトン最大数も大幅に上げました。

※要注意なのはサンプル毎のフォトン最大数を上げても、放出されるフォトンの数が少ないと結果は変わらないこと!大元のサンプリング対象が少ないので、せっかくのGI機能は多摩川でワニを探すような、非常に効率の悪いハメに陥ってしまいます。

この状態でレンダリングすると。

output_02

ムラは減りました。オブジェクトの映り込みがやや汚いので、思い切ってマテリアルの反射を0にしてみます。

prm_mtl_01

&影ががさがさなので、ライト パラメータをちょいといじってシャドウのサンプル数を8から4oに上げてみました。

output_03

最初よりスムーズな見た目になってきました。もっと上げたらどうなる。

prm_03

ここではフォトン数をかなり上げたので、サンプルの最大半径を小さくしています。(100cm→20cm)

空間内にフォトンが豊富にありサンプル毎の最大数も高めに設定されていれば、サンプルの最大半径を小さめにしたほうが、局所的なデータを細かく得ることができるので、結果が正確になります。

output_04

プラス、もう少し高解像度にしてみます。レンダリング基本設定を640×480pxにして、mental rayのサンプル数最大値を16から256に。

output_05

このあたりでファイナルギャザーを併用してみます。設定は「中」を基本に、バウンスを2に上げてみました。

output_06_ok

なるほどFG使うと結果がこうも違うのか…

良くも悪くも間接光とスカイライトは、至らない部分をきれいにごまかしてくれます。

こまごまと書いてみましたが、正確な参考資料ではないのであまり信用しないことをお勧めします 笑

コラム:分類の快感と、その先の可能性

ひとたびネットで何かを見つけようとすれば、Youtubeでもニコニコ動画でも、このブログにおいてさえも「カテゴリー」「タグ」が現れる。カテゴリーもタグも、対象となる記事や映像や音声を分類するために付けられたメタ情報で、ここには主に「水嶋ヒロ」とか「銀座」とか「新幹線」といった固有名詞が入る。

そこから少し広がると、固有名詞だけではなくて対象物の内容をあらわす情報が入ってくる。ニコ動でよく見られる「才能の無駄使い」「作者は病気」なんかのように。こうなると仕分け作業をする人の主観もだいぶ混ざってくるんだけど、実際にそうやって分類されたコンテンツを端から見ていくと、「ああ、確かに」とうなづいてしまう。

「カテゴリー」と「タグ」はそれぞれ違った分類方法で、重複することも多々あるけれども役割としては別の方向を向いている。以前にこのブログを始めた時に「カテゴリーとタグの違いってなんだよ!!」と疑問を抱いたことがあったけど、その後の運用方法としてはそれほど間違ってはいなかったようです。Wikipediaを見ると、とても理解しやすかった。

分類学(タクソノミー)-Wikipedia

フォークソノミー-Wikipedia

誰の目にも明らかな、正確な階層構造による分類であるタクソノミー(カテゴリー)と、ユーザーの主観、印象、勘違いまでも含んだ、絶対的な階層に捉われない「ゆるい」分類であるフォークソノミー(タグ)と。僕がイメージした分類はかなりフォークソノミーに寄っていたので、ここからは「タグ付け」についてもう少し考えてみる。

タギングすることはそれ自体がひとつの快感だ。離れた対象物AとBの間に共通点を見つけると嬉しくなる。新しい視点が生まれる。知り合いの家に遊びに行った時、そこにある服、家具、本、CDなどがまったく別のメディアであるにも関わらず、どこかしら人それぞれの統一感を持って部屋に存在しているのは、住人が知らず知らずのうちに審美眼をはたらかせて「自分タグ」に合致するなにかを日々選んでいるからなんだろう。

 さらに一歩進むと、タグ付けという行為の中にも「斬新な分類」と「ありふれた(=既知の)分類」がある。これは分類というか命名というか。斬新なタグ付けはそれ自体が注目を集める。斬新であり、なお多くの人の共感を得ることができれば、それはひとつのジャンルとしてムーブメントを生む。過去に創造された作品はこの新しいタグの観点のもとにもう一度見直されるし、表現者はこのジャンルの文脈に適合するように新しい作品を作るようになる。このへんは矛盾だらけで面白い。現代美術もポストロックも関係してくる。ジャンルはいつもあとから発見されるものであり、何もないところに概念として先に生まれるものではない。アンドレ・ブルトンがシュールレアリズムを宣言する前からシュールレアリストはいたし、縄文時代にだって草食系男子はいたと思う。

で、こんなことを考えていると、タグ付けはそれ自体がひとつの表現であると思えてきた。

自分が独自に付けた、ものすごく主観的でマニアックなタグがあるとする。どんなに曖昧な分類でもいい。たとえば、「色が鮮やかでキラキラしてるもの」というタグ付けを始める。このタグが付けられるものには鉱物写真やスワロフスキーのアクセサリー、カラーセロファンやビーズ(B’zではありません。念のため。)、カワセミやハッブル宇宙望遠鏡が撮影した天体、小林幸子などが含まれる。このタグを付けられた一群は目で見て判断できる分、まだ客観性があるけど、それぞれのコンテンツが属する世界はもうかなり離れている。

もうちょい曖昧なのだと…「壊れそうなもの」というタグならばどうだろう。光GENJIの歌に出てくる、10代がよく集めてしまう、あれ。この定義はだいぶグレーゾーンが広い。画面にひびが入った携帯電話や爆破寸前のビル、腐りかけの(なにわ小吉の言葉によれば『本領発揮している』)野菜、精神がぐらぐらする類のダメージを受けそうな映画、絵画、音楽、小説、パブリック・イメージであれば太宰治やカート・コバーン、もっと挑発的になれば自民党、エイベックスなど。こうなればタグ付けをする人それぞれの印象に依存する部分がだいぶ大きくなる。なので分類としての正確さはなくなっていくけど、このタグのもとに集められたものをひとつのページにまとめたら、全体として一貫した「壊れそうなもの」が発する独特の雰囲気や切なさ、面白さをある程度は感じることができるんじゃないでしょうか。けっこうインパクトのある眺めだろうし。

メディアを問わない「壊れそうなもの好き」の人は、そんなに少なくないと思う。あくまで希望的な発展のしかただけど、そういう人がページを発見して10人でも3人でも共感してくれれば、そこには手頃なカタルシスを渇望するネットワークができて、そのタグを共有することで自分が得たい情報へのルートが一気に広がる。単純に、そのタグを付けられたブックマークが10件から30件、100件になる。もしくは、「そうか!俺が今まで何ともいえない魅力を感じていたものは、すべて『壊れそうなもの』だったのか!」ということに気が付くかもしれない。

まあ、そういう対外的な可能性を考えなくても、自分が好きなものを分類してまとめるのはやっぱり面白いし、人がまとめたものを見るのも面白い。ネットが普及するまでは大変な労力が必要だった「図鑑を作る・発表する」行為が、時間もお金もかけずにできるんだから、いろいろと試してみたくなる。

と、いうわけで。今度からこのブログ内で、勝手に分類したものをずらずらと並べていくコラム「面白さの定義」シリーズをやってみようと思います。どこまでも主観的な分類で、なおかつ僕が知っている範囲はまだまだ恥ずかしいくらい狭いので、実用的な資料や教養にはまずならないと思いますが。これはブログを始めるにあたって試してみたかったことのひとつなのです。

以上、今日はなんだかどえらい長い文章になってしまいました。。

 

 

※追記01.

書いたものを改めて見直してみると、「あれ、なんかごく当たり前のことを回りくどく言っているだけじゃないのか?ちょっとイタくね?」という疑念に襲われました(笑)要は最後の5行を言いたいがための序文です。だけどこの記事を書いている時間の中で、頭を巡っていたいろいろなことがようやく整理できた。

※追記02.

「タグを提案する、その例を集める」ということを一番効果的に、日常的にやっているのは、実はラジオ番組なんじゃないかと思う。

※追記03.

こういうちょっと長めの雑記に「コラム」タグを付けて、これから増やしていくつもりです。ほぼ日が「今日のダーリン」と「ダーリンコラム」を分けているみたいに。

※追記04.

「曖昧なタグ」が発展しているのはニコ動よりむしろmixiのコミュニティかもしれない。

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